おやじの懐古的人物比較
女の代表は山口百恵、男は野球選手をはじめとするスポーツ選手やタレントが主です。 著者は素直に書いているが、そこに深みはない。 おやじの懐古的人物比較。 それか、スポーツ新聞の連載記事みたい。
ノーブレス・オブリージの実例集
男の引き際をテーマに9人の引退・転身を取り上げ、その業績と引き際のみごとさを描いた本である。 「引き際」といえば、オーナー創業者でありながら身内の人間を会社に入れずスパッと社長を辞めた本田宗一郎が有名だが、私自身は彼の言動について書かれたものを読んだことがなかったので、本書で取り上げられたエピソードは新鮮に感じた。 また、ロッキード事件の検事を務め、将来の栄達が約束されながら定年まであと6年を残して法曹界を離れた堀田力の生き方も颯爽としている。特捜部検事の現場にこだわり続けていたが、偉くなりすぎて希望していた特捜部長になれる見通しがなくなった。ボランティア団体の輪を全国に広げる運動に新たな人生の意義を見出し、彼は法務省ナンバー3の地位を捨てた。 その他、江夏豊、池永正明、寺尾常史、鐘ケ江管一、荒井注、小出義男を取り上げ、それぞれ引退にまつわるドラマを描いている。 著者も書いているが、スポーツ界というのはどこで人生の線引きをしてもあまり非難されない。ピークを過ぎたことを悟って引退すれば「惜しまれてやめる」ことができるし、それでも続ける選手も「体がボロボロになっても闘う姿」を賞賛される。 それに比べ、経営者や政治家が引き際を誤ると、「晩節を汚した」「老害」等と非難される。同じ有名人でもスポーツ選手に比べると可愛そうな気もするが、スポーツ選手は個人の技量で闘っているのに対し、経営者や政治家は大勢の人に支えられて初めて成り立つものである。ノーブレス・オブリージ(高い地位に伴う道徳的・精神的義務)を自覚しなければならない。 本書の「はじめに」で紹介している伊庭貞剛は住友二代総理事に就任してわずか4年で退職するとき、次のように言ったそうだ。「最高の位、最高の禄、これを受くれば久しく止まるべきではない」と。 本書の主題はこの言葉に尽きる。
引き際は様々。
本田宗一郎さん、元検事の堀田力さんなどのスパっとした有名な「引き際」や、災害にあった島原市元市長の鐘ケ江さんの意外と知られていない「引き際」など、9人の「引き際」の処し方を綴った好著。ボロボロになった引き際も傍目にはあっさりした引き際もこの本に収録されているエピソードはなぜかどれも清清しい。どんな人にも必ず来る引退のとき。最終章「晩節」で「晩節」を汚してしまった方々も紹介されていて上記9人とのコントラストが鮮明になります。自分の「終わり方」はどのようなものになるのかとシンミリ考えさせられました。
新潮社
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